福田恒存の書斎(回想)

20250821

•もう20年にもなるか、大磯や湘南の別荘建築群を守りたくて邸園文化という造語を作った頃、大磯にある福田恒存邸を訪ねて彼の書斎を見せてもらった。当時は福田恒存のこともシェークスピアの翻訳者くらいの知識しかなく、特別の意識もなかったが、不思議なことに書斎が1枚の画像のように記憶に残った。彼が息子さんの名前に逸脱の一字を付けたという話と一緒に。
•ところが、もはや社会には無用の存在となってきた今の自分になってやっと福田の本を読み始めることができた。まだ入門したばかりだが、長年挫折しながら読んでいるスピノザや空海とも何か共鳴しているような気がするし、何か自分の漠然と思っていた事を言葉にしてくれている気がする。
•それは自分の身体に染み付いている故郷への関心の高まりとも関係していると思う。介護で徳島に帰っている1月の間、義母に毎日阿波弁の講義を受けていた。
•邪馬台国阿波説の検証を始めたのも、かつては馬鹿にしていた説ではあるが、それを検証しないことには伝説だけでは終わらせられないという気持ちからだ。
•無謀な試みであることは良くわかっているが、やり始めてみると、シベリアから東アジアに特有の積石塚古墳が徳島と香川に前方後円墳以前から存在する事実にも驚いた。しかも河内や西播磨にも同様のものが発掘されている。
•地域の歴史資源を掘り起こすことはまちづくりの方法としてずっとやってきたことであるが、今回はそれを遥かに超えている壮大なテーマである。また途中で挫折することも織り込み済みである。
•福田恒存の言葉:「私たちが欲しているのは自己の自由ではない。自己の宿命である。」 故郷を失ってきた現代人の1人である自分にもこの言葉が突き刺さる。

福田恒存(保守とは何か)


福田恒存 書斎写真


邪馬台国は朱の王国だった。(蒲池明弘著)

日本列島で産する朱は古代において重要な輸出品であった。魏志倭人伝に「真珠・青玉を出す、その山には丹あり」とある。丹とは辰砂のことで朱と同じである。丹の取れないところに邪馬台国はないと考えられる。実は、邪馬台国の時代に辰砂を採掘していたのは徳島県の若杉山遺跡だけである。


鳥越 憲三郎. 倭人・倭国伝全釈 東アジアのなかの古代日本 (角川ソフィア文庫) (Function). Kindle Edition. 

2.



我々はエキスパート集団である以上に、情熱とスキルを持って力を発揮する、同じ志を持つ同士といえます。